ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 組織からさがす > 文化・スポーツ振興課 > 木造千手観音立像、不動明王立像、毘沙門天立像(柿本観音堂)

本文

木造千手観音立像、不動明王立像、毘沙門天立像(柿本観音堂)

23 畑 柿本観音堂 千手観音立像・不動明王立像・毘沙門天立像(市指定)

木造不動明王立像の画像
木造不動明王立像
木造千手観音立像の画像
木造千手観音立像
木造毘沙門天立の画像
木造毘沙門天立像

 

福知山市夜久野町畑柿本(平安時代)

柿本観音堂の本尊として、三尊一組でまつられている。中尊の千手観音像は、頭上に10面を載せ、合掌手・宝鉢手と20近くの脇手を持ち、天衣、二段折り返しの裳を着けて直立する。ヒノキ材、割矧ぎ造り、彫眼の像である。不動明王像は、頂蓮を載せ、総髪で、二段折り返しの裳を着けて、岩座上に立つ。ヒノキ材の割矧ぎ造り、彫眼の像で、両耳後及び両肩中央を通る線で割り矧ぐ。裾背面に一材を寄せる。弁髪、右手先、左肩先を亡くしている。

毘沙門天像は、右手に戟を持ち、左手を腰にして邪鬼上に立つ。一般に毘沙門天は宝塔を持つが、鞍馬寺像のように塔を持たない像も平安後期には現れ、本像は類例の少ない滋賀県正伝寺像と同じ形である。本像もほぼ不動明王像と同じ構造であり、作風もよく似ている。

いずれも表面の彩色は新しい。いずれも光背は後補で、台座は毘沙門天像の邪鬼のみである。本件の三尊像は、平安末期の千手観音像を中尊とし、不動明王像と毘沙門天像を脇侍とする、本町最古の例として、またこの地に天台宗の信仰が存在したことを語る具体的な資料として貴重である。


みなさんの声を聞かせてください

このページの情報は役に立ちましたか?
このページは見つけやすかったですか?