1917年(大正6年) 千丈ヶ原発電所貯水工事の際、藤原吉蔵氏が銅鉱脈の露頭を発見。福知山 の広谷文右衛門、大江町仏性寺藤原吉蔵両名が試掘権を設定。その後、平 林平蔵、坂口定市両名が継承したが不況のため大正11年休山。 1928年(昭和3年) 8月、久原産業(株)→後の日本鉱業 が買収。翌4年5月、採掘権を設定した が、不況のため昭和5年9月休山。 1933年(昭和8年) 11月、再開。この頃すでに手選場を併設。一方、クローム鉱の採掘も開始。 1945年(昭和20年) 約1ヵ年間出鉱せず。 1951年(昭和26年) 4月、第6立坑開さく開始。昭和28年50m坑〜230m坑間、昭和36年3月28日2番 坑〜440m坑間。昭和37年9月500m坑まで完成 1953年(昭和28年) 12月、2,000t/月、比重選鉱場完成。 1961年(昭和36年) 3月28日、8,000t/月、重選併用全泥優先浮選選鉱場完成。建設費3億円 1962年(昭和37年) 4月、向山0m坑立入開さく開始。 1963年(昭和38年) 年間産出粗鉱量118,000t。 1964年(昭和39年) 4月、向山立坑開さく開始。昭和40年6月に終了。 1969年(昭和44年) 3月31日休山 1973年(昭和48年) 5月31日閉山 *参考文献 1983 大江町誌通史編上巻(大江町) |